2007年06月25日
CLACK !!
この階段を降りて、テラスを抜けると、待っているのは、「世界一の朝食」
・・・らしい。それにしても、お上手な命名です、「世界一の朝食」なんて。
この命名の理由のひとつがこの「飲むサラダ」
数種のフルーツと野菜のジュースです。
確かに、目覚めたばかりの胃には生野菜のサラダより、摂りやすい。
そして、これは栗の蜂蜜やコンフィチュール。
ここの「世界一の朝食」は とても好きだったのだけれど、一年振りに来て、ビミョーな違いに正直なところ、少々落胆してしまいました。以前はどんどん、これでもか、というほど持って来てくれた特製ジュースも今回は はじめと最後にどれかを選ぶという具合に。そして、この朝食がよく知られるようになり、それは喜ばしいことなのでしょうが、やはり、通り一遍のサービスに。
贅沢なブランチ、といった空気感がなくなった気がしました。
などと、偉そうに言っても、オーベルジュ形式の このレストランを知ったのは偶然見たTV番組「未来への教室」が きっかけでした。
ここの「世界一の朝食」には本家があります。
「未来への教室」は 本家ブルゴーニュ、ソーリューの「ラ・コート・ドール」オーナーシェフ B・ロワゾー氏が地元の子供たちに食材の旨味と料理の喜びを教える(というより、伝える)という番組でした。
ロワゾー氏は湧き水と市販のミネラルウォーターを子供たちに試飲させて、その印象を尋ねます。
子供たちはおもしろそうに水を飲み、ソーリューの湧き水が美味しい、というのです。
彼は「ラ・コート・ドール」の厨房で子供たちと湧き水を使って「蛙の料理」をつくります。
「水の料理」で有名であったロワゾーさんが私にとって身近になった瞬間でした。
その時から、(夢のように)いつか訪ねてみたいオーベルジュと思っていたのですが、ロワゾー氏の息が掛かった店が神戸にできたときいて行ってみたのでした。そして、お気に入りのお店の1つに。特に、デザートの「砂漠の薔薇」が、ね。
(あ、このデザートはレストランの方です。朝食とは関係ありません。
オーベルジュなので、夜、ごはんを食べて泊まって、朝ごはんが賢い?利用法かも・・)
B・ロワゾー氏は2003年に猟銃自殺をはかり、料理界とは何も関係のない私でさえも衝撃を受け、たいへん残念に思ったことを覚えています。
そんな割と(勝手な)思い入れのある店なので、ガッカリ度が高かったのかもしれません。
でも、せっかく、来たのだから、と以前から気になっていたコレを購入。
器具のまんまるの部分を上に持ち上げて、落とすと・・・
CLACK !!
ゆで卵の殻が割れる、というものです。
こんな風に、ね。
さっそく、家でも使ってみました。
B・ロワゾー氏が亡くなられたのは2003年だったのですが、その原因といわれたのが、いわゆる、三ツ星などといわれる料理店の評価。ポール・ボキューズ氏は その死に際して、料理ガイドブックや評論家の役割を非難した、といわれれています。
BIB:「ラ・コート・ドールは今も三ツ星ですよ」
2007年06月19日
模様コレクション---1
いつの頃からか、道すがら こんな模様を蒐めるようになりました。
とはいってもケータイで気侭に模様を切り取るだけ。
ケータイなるもの、ぜったい持ちたくない、と思っていたのですが、御多分に漏れず、仕事で必要になり仕方なく携帯するようになってしまいました。
だって、どこにいても、電話で呼び出されるなんて、、、真っ平。
と、つっばねていたのですが・・・
どうせ持つなら、カメラがついてるのがいーな、と以来、模様を採集しています。
そして、この模様は・・
波板です。
カメラ(といってもケータイですが・・)をひいて見上げると
工場の波板と青空。
町工場の一コマです。
この波板ですが、2〜3年前に「ウクレレとナミイタ」という面白い展示を見たことがあって、波板の写真がたくさんあったのですが、同じような対象物を撮る方がいらっしゃるのだなぁ、と感心した記憶があります。
ともあれ、波板は工場街に健在です。
2007年06月13日
英国車とランチア
この水色のランチアは愛書狂が密かに所有している車です。
欲張りなことに同型のシルバーグレーも !
ただし、ご覧のようにミニチュアカーであります。
Lancia aurelia B24 spider1955年モデルらしいのですが、車にあまり詳しくない私は、中古車とヴィンテージあるいはクラシックカーの線引きがどのあたりにあるのか・・よく判りません。自動車の起源については諸説あるにせよ、せいぜい150年位前、大衆車に至っては100年ほどなので、50年前のこのランチアは古典的な車になるのかなぁ・・
「古いもの」は大好きだけれど、さほど、古い車に興味がなかった私ですが、1度だけ、友人のクラシックカーに同乗させてもらったことがあります。
英国車 Railey RMB 1952 だったのですが、実際に乗ってみて、たいそう驚きました。
夜だったせいもあるのでしょうが、窓から見る街の風景が瞬時に過去に遡ってゆくようで・・・
同じ景色のはずなのに何十年かタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまいます。
たぶん、それは車の、フロントガラスの質であったり、窓のフォルムあるいは微妙な車高であったりが影響するのだと思うのですが、街がセピアがかっていくような気がしたものです。
その時のライレーに思いがけなく誌上で再会 !
ガレージ・ライフ夏号にライレーオーナーSさんの車とガレージが登場。
表紙も彼の車とガレージです。
クラシックカーに乗せてもらってはじめて わかったことがもうひとつ。
それは、回りの車がとても気を遣ってくれること。
彼の車がスピードをスーッと落として停まると、回りの車も追随してスーッと停車。信号なんかないのに!!
これには本当にびっくりしてしまいました。
クラシックカーが走行すると、周囲の車は倣ってくれるなんて。
これ↑はSさんのガレージ。
ガレージというものの、お部屋の中に車が置かれてる、というカーマニア垂涎のスペース。
ミニチュアしか持っていない愛書狂もランチアが欲しいらしいけれど、夢は まだ叶いそうにないみたい・・
*追記
ぼんやり、古い車のことを考えていたら、エッフェル塔にクラシックカーが大集合していた情景を思い出しました。
毎週土曜日の夜になるとエッフェル塔の下に、どこともなく集まってくるたくさんの古い車。
パリは古いモデルの自動車を比較的よく見掛ける街ですが、それでも、数十台をまとめて見るのは、映画の撮影でもない限り、珍しいこと。前世紀の建造物が多く残るこの街では、なおさら、奇妙な感覚に陥ってしまいました。
ただ、ずいぶん昔のことで、その頃、若者に人気のあったアメ車が多かったような記憶ではあるのですが・・
数年前にローラースケート族?が集合していたのも、エッフェル塔だったので、集合場所には最適なのかもしれませんね。
2007年06月04日
ファーブルの庭
たった1枚の写真に魅せられて買った本です。
この写真↓を見たとたん、手放せなくなりました。
どうです、この風体。ずば抜けて奇妙。
奇妙もここまでくると、人の心を摑んで離しません。
もう、私の心を鷲掴みです。
そして、この眼差し。
好奇心いっぱいの眼。
1910年頃のファーブルさんです。
取り立てて「虫」に興味がある訳でもないし、ましてやジャン=アンリ・ファーブルに特別の関心を持っても来なかったのに、不思議です。
しかし、今までも、一枚の写真に魅了されて、ずいぶん、雑誌や本を買ってきました。
それも何故か、写真的な写真ではなく、スナップのような写真に惹かれて。
写真は長年とても興味のある分野だし、好きな写真家も数多くいる。
なのになのに、ゼッタイ欲しい、と私を書物購入モードにさせるのはフツー(っぽい)のたった一枚の写真なのです。
で、この本ですが、さらにページをめくると、
こんな写真が・・・
「ファーブルの手」です。
この手で 昆虫や植物、鉱物の観察をし、また、昆虫記を著したのですね。
繊細で優しそうな手・・・
子供の頃なかなかアルファベットを覚えられなかったファーブルがそれをマスターできたのは、動物の頭文字でABCを教えてくれる絵本だった、といいます。その絵本で、瞬く間に字が読めるようになった少年はご褒美にラ・フォンテーヌの「寓話集」を貰います。動物の話は少年の興味を引きつけ、彼の知的好奇心は急速に広がっていきました。
ファーブルの少年期に このような偶然ー2冊の本との出会いーがなかったら「昆虫記」は生まれなかったかもしれませんね。
そして、これはラボのファーブル。
南フランスの彼の仕事部屋は現在 博物館になっているそうです。
いつか訪ねたい、と思わせる写真です。
「ほんの数分でいいから犬の野生の脳で考え、はえの複眼で世界を眺めてみることはできないものか‥」(ファーブル昆虫記第4巻17章/「ファーブルの庭」NHK出版 渡辺広佐訳より)
フランス革命の100年後に建設されたエッフェル塔をファーブルが見たのかどうかわかりませんが、ファーブル65歳の時でした。
Jean-Henri Fabre1823ー1915
*[Ich aber erforsche das Leben ] Martin Auer
**完訳 ファーブル昆虫記
2007年05月28日
桐の花
木の実のように見えるこの植物は 桐の花。
この固そうな茶色い まんまるから花が咲きます。
茶色のまんまるが押し開かれて長細い花が顔を出す、なんて、この段階では信じられないのですが・・・
ほら、こんな風に・・・
開花は まだなのですが、もうすぐ薄紫に色付いて・・
不思議な造形の茶色のまんまるだった部分は萼だったようです。
開花時に この木々を眺めると花々が薄紫のベールように見えるのです。
5月のパリでパープルヘイズみたいな この木の集団をよく見かけました。
桐の花よ、と教えてくれたのはレイコ・クルックさん。
特殊メークアップアーティスト、そして、造形作家。私が尊敬し、お手本にしたいと常々思っている女性のひとりです。
モーブ色の桐の花を初めて見たのが、パリだったせいでしょうか、西洋の木、というイメージを持ったのですが、日本でもお馴染みでした。
ほら、桐の下駄とか、桐の簞笥などなど。
「桐の花」の木製品がたくさんあるということは、桐の木もあって良さそうなのに、街角では あまり見かけません。
どこかに「桐の山」か 「桐の林」があるのかもしれませんね。
ずいぶん前に読んだ 明治以降の茶道千家をモデルにした物語のなかで、表裏両千家の屋敷の境にあった桐の木が、火災の時に霧のような水滴が立ち、裏千家(と思われる)を救った‥なんていうエピソードがあったように思ったのですが・・・
今、ググってみたら、桐の木ではなく、どうも、銀杏の樹のようです。
銀杏の大樹に比べると桐は華奢そうだし、火は消せそうにないのですが、桐の木の方が霧を発生させるイメージなんだけどなぁ・・・なんて、独り言。
愛書狂は「桐の花」といえば、白秋だ、と仰っておりますが、
これは、間違いなさそう、です。
**表千家不審菴のサイトは、私のような茶の心得などない者でも ずいぶん楽しめます。
茶道を広く簡潔に紹介していて 世界の喫茶史、なんてぺージも。
追記 5/29
***レイコ・クルックさんが25ans7月号に「一目女」というタイトルで紹介されています。
機会があれば、本屋で立ち読みしてくださいね。(P277〜282)
2007年05月22日
パセリのブーケ
パセリを たくさん 貰ったので、「食べるブーケ」にしました。
緑が美しかったので、テーブルに置いています。
だから、ごはんの時はハサミを持って食卓につきます。
ぱちんぱちんと、こんな殺風景なお皿に緑を散らしたりして。
この一皿は付け合わせの野菜料理ですが、調理の前に、野菜を切って干してあります。
野菜を天日に干すと美味しいよ、と教わったので、即、実行。
こうやって、焼く野菜でいちばん好きなのが、カリフラワーとフェンネルなのですが、オーブンで焼くと火が通り過ぎて、食感がなくなってしまうのが、悩みでした。
だけれど、野菜を干すと、適当なコリコリ感が残るんです !!
あ、フェンネルはどうなるか、わかりません。
最近入手できなくなってしまったので‥
少し前までは近くのマーケットで、フェンネルの(売れ残りの)叩き売りに よく 遭遇していたのですが、あまりに売れなさ過ぎたからか、とうとう、姿を消してしまいました。
売れなくて、叩き売りをしていたので、良かったといえばそうなのですが、いつも、叩き売りでは‥‥ね。
この叩き売りフェンネルには、明らかに私の競争相手が一人いて、30%オフあたりで50%オフを狙って、迷っていると、敵にまんまとフェンネルを持っていかれてしまうのです。この目に見えぬ会ったこともない相手との駆け引きに一喜一憂しているうちに、とうとう、フェンネル御引退。時々、定価で買っておけば、良かったかなぁ‥
あの、アニスにも似た甘い香りが懐かしい。
パセリの話がフェンネルになってしまいましたね。
パセリも細かく切るとオイシイです・・・
2007年05月17日
アフガニスタン絨毯 デザインワークショップ
一風変わった この絨毯は、3年前にオーダーしたもの。
好みのデザインで絨毯をオーダーするなんて、贅沢なようですけれど、実は こんなプロジェクトに賛同して実現しました。
世界でたった一枚、自分のために織られる絨毯をオーダーしてみませんか、と今年もMOGU VILLAGE Project が参加を呼びかけています。
ペルシャ絨毯の源流を成す といわれるアフガニスタン絨毯。
1日に織ることができるのは、60cm幅の絨毯で たった 3cmという完全な手作業だそうです。
写真の「蝙蝠の絨毯」も なるほど しっかり 織り上がっています。
100年使ってもくたびれない堅牢さ。
しかも、図柄は好きなようにデザインできます。
前回は1/2の縮尺でデザイン画をおこさなきゃいけなかったのですが、今回は 適当に描けばいいのだそう。
この時も展示があったのですけれど、それぞれシンプルなのや、とても細かい図柄のものがあったりして、面白かった。(因みにどんなに細かいのも そうでないのも値段は同じ・・)
子供の絵を そのまま使ってあったり、書を文様にした絨毯もありました。
私たちが絨毯をオーダーすることによって、アフガニスタンの人たち には就労の機会が生まれる という素晴らしいプロジェクト。
完成した絨毯は伊丹市立工芸センターで、2008年2月7日〜3月2日まで展示されます。
また、デザイン指導が受けられる grafの服部滋樹氏によるワークショップも開かれます。
デザインワークショップ
2007年5月19日(土)14:00〜17:00
会場 伊丹市工芸センター 072-772-5557
参加費 2000円
絨毯作成費 12800円(45cm×45cm) 32800円(60cm×90cm) 98000円(100cm×150cm)
なお、このワークショップに参加しなくても、絨毯のオーダーはできます。
詳しくは伊丹市立工芸センターまで。
ところで、絨毯の蝙蝠マーク?は、愛書狂の 'ご趣味' です。
絨毯の図柄の なんだか解読不可能な白っぽい文字はロベール・ド・モンテスキュウのサイン。
蝙蝠はモンテスキュウの詩集のタイトル 'Les chauve-souris' から らしい。
蝙蝠は愛書狂の書庫↑や煎茶室の引き戸↓にも数匹生息しております。
2007年05月08日
ENTREZ LENTEMENTーゆっくりお入りください
たった一度しか行ったことのない場所
そして、もう そこへ行くことなどないであろう場所
なのに、印象的な場所
そんな場所があります
ここは とても天井が高く
座るとなお、高く
しばらく、静かに居たい場所でした
連休も忙しい日々だったからか、突然、この場所を思い出しました
*'ENTREZ LENTEMENT' EILEEN GRAY E-1027
**milano salone 2005
***ENTREZ LENTEMENTーゆっくりお入りください
2007年05月05日
水色のエッフェル塔
シャイヨー宮に佇む美女。
ソワレに行くような装いで何故ここに ? と不思議な絵です。
水色のエッフェル塔の左に見えるのは、多分、アンバリッド廃兵院。
初夏の宵でしょうか‥
澄ましているような、あるいは思わせぶりにも見える女性の横顔。
よーく見ると、絵というより、なんか、広告っぽいですよね。
それも、ずいぶん、古いイメージです。
それもそのはずで、実は、この通り、古びた箱のパッケージデザインです。
エッフェル塔に惹かれて入手したので、詳しいことは何もわかりませんが、60年代頃のものでしょうか。
ランジェリー専門店のもののようです。
以前の持ち主はこの箱を入れ物にしていたらしく、上部と横に「花と蝶」とペン書きの文字があります。
'Fleurs et papillons' ???
いったい何を入れていたのでしょう・・・
*
*この水彩画にはGRIMOUDとサインがあるのですが、不明。
**GRUAUでなくてザンネン‥
2007年04月27日
ココシリ
考えさせられる映画でした。
このような壮絶な、想像を絶する世界がある・・・
実話だ、と聞くとなおさら、胸に迫ります。
ふらりと入った自然食レストランで見かけたこのチラシに惹かれて、観た「ココシリ」。
劇場公開は昨年夏だったらしいのですか、ボランティア団体が運営する上映会で観ることができました。
舞台は中国最後の秘境といわれるココシリ。
ここに生息するチベットカモシカ。この密猟を巡るチベット族の男たちの物語です。
チベットカモシカの毛は最高級毛織物シャトゥーシュの原料。
高値で取引されるので、乱獲により絶滅の危機に瀕していた頃の話です。
シャトゥーシュはリングショールともいわれ、指輪に通るほど、軽く暖かな毛織物ですが、ワシントン条約により、国際取引は1975年禁止されています。チベットカモシカの1本の毛は人間の毛髪の8分の1の細さ、零下20度という過酷な環境で生息するため、その毛は非常に暖かで、何年か前に流行したパシュミナの最高級品版のようなものらしい。
禁止されてはいるものの、ブラックマーケットで1万ドルで取引されていたり、日本でも、10年前には有名店銀座Sなどでも販売されていたようです。
ココシリではチベットカモシカの密猟が相次ぎ、20年間の間に100万頭から1万頭に激変、密猟者を追う山岳パトロール隊が結成されました。しかし、実際に密猟に手を下す者もパトロール隊と同じチベット族。生活のため、チベットカモシカを獲って皮を剥ぐのです。
密猟者を追って、山岳パトロール隊の隊長は無給で働く隊員たちとチベットカモシカのいる山に入ります。
そのパトロールに北京からやって来たジャーナリストが同行します。
それらの日々は、密猟者に皮を剥がれたチベットカモシカの数百頭の屍を荼毘に付し、密猟者たちと銃撃を繰り返し、どこまでも、追いつめ、パトロール隊も密猟者も犠牲者を出しながらそれでも続くパトロール。
ひとり生き残ったジャーナリストが発表した記事が反響を巻き起こし、ついには中国政府を動かし、自然保護管理局が設立されました。
山岳パトロール隊の大いなる犠牲のもと、チベットカモシカの数は回復している、ということです。
真理とは何なのか、私は暖かな場所にいて、それでも考えずにはいられませんでした。
**DVD「ココシリ」
***チベットカモシカ
****写真の布はチベットのエプロン。。。
2007年04月23日
祇園、春之散歩
お菓子甘泉堂銘「都をどり」
針金の師匠、林雄三さんが京都で個展をやっていたので、自作を持って、講評をしてもらいに行きました。
一瞥して、「俺がつくったのと変わんねぇじゃん」と言っていた師匠ですが、よーく見ているうちに、
「触ってたら、直してしまいそうだよなぁ」。
と、丁寧な解説付きで、手ほどきを。
なんだなんだ、やっぱり、弟子は弟子(は私です)の出来なんだ、と思いながらも有難く受講 ? してきました。
せっかくの京都なので、師匠の用事にくっついて、祇園のAvec TAROへ。
ここは京都のブティック(もう死語かなぁ‥わかります? )の草分け的な(帽子とお洋服の)お店です。
Avec TAROの天才的販売員ミヨコさんも一緒にゴハンを食べに行こう、ということになりました。
「う〜ん、安うて美味しい店 ? そや、あそこにしよ」とミヨコさん。
ニット作家の山田さきこさんも合流して移動中、通り掛かった「いづ重」前で、
「ここのお稲荷さん、おいしいえぇ。「ぷちっ」が入ってるし」とミヨコさん。
この場合、即、買いです、私。
おいしそうでしょ。
因みに「ぷちっ」は「おのみ」です。そういえば、おのみ不在の、いなり寿司多し。
↑これは「いづ重」の入り口にあった火災守護の松明 (の燃えかす)。
祇園祭、神輿洗の松明で、御神輿が通る道を大松明で清めるのだとか。
ちらっと見える粽といい、この使用済み ! 松明といい、んんん何気に京都っぽい。
で、ミヨコさんが案内してくださったお店はココ「かね正」
↓この路地(京都の人はロオジという)の奥にある鰻屋さんです。
ミヨコさん : 「知らんかぁ、ここは鰻茶漬けが有名えぇ」
けれど、錦糸丼など、にしました。
カウンターの中の炉で目の前で焼いてくれます。
(肝が、おーいしかった。次回は鰻茶漬けにしよう‥)
祇園で生まれ育ったミヨコさんと「かね正」のコウスケ君(海老蔵ファンの美青年! )の会話が、部外者の我々には面白く、
どこどこの舞妓ちゃん、別嬪さん‥、
もう、「都をどり」、行かはった ?
とか、その他ディープな祇園の小咄など、楽しませてもらいました。
この「祇園が庭」の御二人のよると、「都をどり」は必見だそう。
「そんなん、お座敷に呼んだら、数万円の芸が、オーケストラ付き、お茶・お皿付きで4300円やし。地方(じかた、と読み、囃子方のこと)も「都をどり」は生(なま)えぇ。」
ヨイヤサアの掛け声ではじまる一糸乱れぬ総踊りが見ものです。
芸舞妓がずらっと並ぶ総踊り、通の御二人の話では、中にオヘチャさんが混じるのが、また、いいのだとか。
コウスケ君は「オヘチャさんがいはらへんかったら、寂しい、さみしい。」と言ってました。
そんなもんですかねー
長い間、私も行ってませんけれど、「都をどり」のお皿は大切に普段使いの菓子皿にしています。
これまた、祇園の多くの料理屋では、この季節にだけ、お客さまに出すために、「都をどり」のお皿を数十枚単位で手元に置いているのだそうです。
「ウチ(その料理屋さんのコト)は、これだけ(お皿の枚数分だけ)都をどりに行ってますえ〜、ということやし」とは、ミヨコさんの弁でした。
ふむ、ふぅむ、花街の春でした。
「ナンにもあらへんけど、朝堀りの筍、どうぞ」とAvec TAROでゴハンに行く前に出してくれた、ミヨコさんお手製の「虫養ひ」
おおきに、美味しおした。
都をどり
京都・祇園甲部歌舞練場 4月末まで
**MOLESKIN 京都版、来年発売予定ですって。
2007年04月20日
MOLESKINE
買っちゃいました、モールスキン。トラべルノートブック。パリ版。
愛書狂にローマ版をプレゼントしたついでに、今年は旅に出る予定は全くない私なのですが、誘惑に勝てず・・・というか、まったく無抵抗でした。
irrésistible‥‥‥というヤツです。
フランス語ってヤな言語ね・・・一言でバサッと言い切る ? なんて。
エールフランスの文字が見えますが、不幸にも航空券ではありません。
でも、このトラべルノートブックで「自分の流儀ガイドブック」をつくってコンペティションに応募して入選すれば、航空券が貰えます。
コンペティション三か条は
*自由な旅人になるぺし
*独自の旅人になるべし
*創造的な旅人になるべし
だそうです。
こんな旅人になりたーい、ですよね。。。
モールスキン・トラべルノートブックは各都市の地図付き↑であります。
今頃、パリは桐の花でモーブ色。
4月は、「留守中、アパート使っていいよ」とパリの友人から、有難いオファーもあったのに・・・
来年はエッフェル塔に会いに行けるかな。
***MOLESKINEの日本語表記は2つあるようです。
モールスキンとモレスキン。
文字変換で「漏れ」ないモールスキンを採用。
2007年04月16日
L'oro in cucinaーキッチンの黄金
一滴でパンがお肉に変わる、という噂の ? 白トリュフのオリーブオイルを試してみました。
正確には、「トリュフ風味」のオリーブオイル、トリュフを搾ってつくったオイルではありませーん。
近所のキムチ屋のオニイサンに貰ったのですが、美食家の彼が今ハマっているのが、これらしいのです。
トリュフというからには、いくらオリーブオイルでも結構なオネダンなので、躊躇していたら
「いえいえ、使うのは、たった一滴ですよ、一瓶で半年は保ちますから」とオニイサン。
迷える子羊? に業を煮やした彼は「施し」をする羽目になってしまいました。
(キムチ屋さんで売っているのではありません、念のタメ。彼はおいしいものを求めてReims詣で邁進中)
で、私がお返しにプレゼントしたのは、レモン(風味)のオリーブオイル。
これはなかなかに使えるオイルです。
キューカンバーサンドなんかにバターの代わりに使えば、キュウリさえいらない ! って感じ。これ、ホントですよぉ。
このオイルとバジルだけのサンドウィッチをつくったことがありますが、おいしかった!
これ↑は私が収穫したレモン。
と、偉そうにいっても、実は吹きさらしの屋上で健気にふたつだけ実ったもの。
そして、これ↓は手塩に掛けて? 育てているオリーブ。
フォワグラの次はトリュフなんて、世界三大珍味を網羅しそうな勢いですが、キャビアはゼッタイないですから・・・
2007年04月08日
キッチンのエッフェル塔
何年か前にずいぶん迷って購入した白いエッフェル塔。
キッチンに置いてあります。
一見ただの? エッフェル塔。
なのですが‥実は栓抜き。
塔のてっぺんを持って、両脚で開ける。
脚で開けちゃうなんて、「彼女」怒ってるかもしれませんねー
そのせいか、たいそう使い勝手が悪い栓抜きであります。
キッチンにもうひとつ使いづらい栓抜きが‥
蜜蜂マーク? が気に入ってキッチンに置いていますが、
裏側↓は・・・フランスで、いまだ人気の衰えぬこの方の横顔。
当然、ボナパルトさまが正面、蜜蜂が裏側でしょうけれど。
(とーぜん、ウチでは蜜蜂↑が見えるように置いております)
ナポレオンは蜜蜂が大好きで身の回りの品々に印として用いたらしい。
そういえば、コルシカ島は蜂蜜で有名です。何か関係があるのかな。
ナポレオンとエッフェル塔。
何の関係もなさそうな彼とカノジョではありますが、フランス革命をキーワードにすれば、共通項が見えてきます。
なぁんて、こじつけっぽいかも‥ゴメンナサイ。
さて、キッチンの栓抜きですが、これが一番使い良い!!
2007年04月05日
mademoiselle B
この間から進めている針金の仕事、まだまだ完成には遠いのですが、少し、カタチが見えてきました。
上の写真、上部に見えるのは師匠針金屋銀三氏のお手本。私、写真右と下の縮小版を製作中。
いつも、「150円ニッパー」のお世話になっているのですが、切れ味が悪くなり、ついに新しいものを購入しました。
上等ニッパーとはいっても、オネダン、ヒトケタ上がっただけ。
道具フェチとしては、フタケタ上のカッコいい工具が欲しいけれど、今のところ、売場で惚れ惚れと眺めるのみです。
2007年04月03日
お花見‥哉
桜、咲いてきましたね。
ここ、神戸でも開花が見られます。
だけれど、季節に先駆けて、先日、こんな、お花見をしてきました。
旬の味に囲まれて、桜、咲く。なぁんて、ね。
考えてみると、日本のゴハンほど、季節を直に感じさせてくれる料理はありませんよね。
初物を珍重し、眼と舌で愛でる。
眼福。口福。アラカルト。
いえ、やっぱり、「おまかせ」で一足先にお花見を楽しんで参りました。
花山葵、海老、筍、蛸の手毬鮓。
と、さくら。
せっせと普段「始末」して、偶に、ここに通っております。
玄斎
神戸市中央区中山手通7-5-15
078-351-3585
2007年03月31日
Bon Anniversaire !!!
1889年3月31日日曜日 午後1時30分
ティラール首相はじめ各界の来賓を迎え、エッフェル塔落成式が行われる。
シルクハットにフロックコートの紳士とロングドレスの御婦人約60名が1階のレセプション会場へ、まだ、エレベーターが動いていなかったので、階段を上っていった、という。
(コートやドレスの裾が風で舞って、たいへんだったろう、なんて、想像していまいます)
3階までたどり着いたのは35名。誰からともなく、ラ・マルセイエーズの合唱が・・・
そして、ギュスタブ・エッフェル氏が塔の頂にフランス国旗を掲揚する。
(倉田保雄著「エッフェル塔ものがたり」を参考にさせていただきました)
そして、今日、エッフェル塔は118歳!!!
Bon Anniversaire !!!
2007年03月28日
こんなに美しいバケツ
緑の小道をお散歩するのも気持ちのいいものですが、鉄工所なんかが並ぶ町工場の散策も結構楽しめます。
そして、こんなのを見つけようものなら血が騒ぐのです。
ドラム缶を切って針金の持ち手を付けただけの大きなバケツ。
鉄屑用の、多分、ゴミ箱。
使い込まれた美しさ。
そして、「ものをつくる」素材としての「鉄」も、とても好きなのです。
ここ何年か、じわじわと自分の「好み」のものがはっきり輪郭を持ってきました。
「鉄」「網」「錆び」
「鉄」で「網状」のもの、「錆び」ているかどうかはわかりませんけれど、これって「エッフェル塔」 !!
「エッフェル塔ものがたり」の著者倉田保雄氏は、偶然、ポルトガルの"ドナ・マリア・ピア"という橋を見て、その橋が、まるで、エッフェル塔を横たえたような造形だったので、土地の人に尋ねると、
「エッフェルの橋、と呼んでいるよ。ギュスタブ・エッフェル氏が造ったのさ」という答が返ってきて、彼が「橋つくりの名人」であったことを初めて知ったといいます。
この驚きが「エッフェル塔ものがたり」を書くきっかけになった、とあとがきで述懐なさっています。
私がエッフェル塔に興味を持ちはじめたのも、偶然でした。
偶然、エッフェル塔がドカーンと迫りくる通りに2年ほど住んだので、毎日まいにち、「ドカーン」を見ているうちに愛着を覚えたのでした。もう、一昔前のことですが・・
倉田保雄先生と、「エッフェル塔」のご縁とはいえ、こんな風に並べてしまっては私の身が竦みますけれど・・
(倉田先生、お元気ですか。先生には一度お仕事でお目にかかり、また、時事フランス語を1クール教わったこともありました。まったく不出来な生徒でしたけれど)
考えてみれば、エッフェル塔に夢中になったことで、塔が私に持ってきてくれる「何か」は、計り知れずまだまだ続くような気がしています。
